魚村 晋太郎


このキスはすでに思い出くらくらと夏の野菜の熟れる夕ぐれ

伴風花『イチゴフェア』(2004年)

太陽は生命とエネルギーの源。
地上にとどく太陽のエネルギーは、夏がピークだ。
植物は貪欲に葉を茂らせて、陽光のめぐみをその実に蓄える。

茄子もトマトも胡瓜も玉ねぎも夏の季語。
中学生のころ、学校で茄子の栽培をしたが、夏休みに水遣りや収穫にゆくと、きのう親指の先くらいだった実が今日はまるまると太っている。
大きな涙の粒のような紺色の実が、次から次へと生りつづけるさまに、感動した記憶がある。

上句はいくぶん誇張された表現だ。
いま目の前にあるもの、一緒にいるひとがじきに過去の思い出になってしまう、という普遍的事実についての箴言だ、と読んでもいい。が、キスのさなかに主人公が感じた、かすかな不安、と読むほうが一首の息づかいはいきいきと伝わってくる。

主人公が感じた不安は、必ずしも、別れの予感、というわけではない。
ずっと一緒にいる場合でも、若いふたりの関係は少しずつ変わってゆくものだし、この一瞬は二度と戻ってくることがない。
横溢するいのち。その一回性を、唇で、肌で、陶然と感じているのだ。
すこし観念的になりそうな上句に、下句がたしかな手触りをあたえている。
夏の果実ではあますぎる。やはり、夏の野菜、だからいいのだ。