江戸 雪


万緑に隧道(トンネル)ふかく穿たれてあばら骨愛しぬきたる闇

尾崎まゆみ『時の孔雀』(2008年)

夏は山が緑に覆われる。理屈をこえた自然のちからが漲っている。そういう生命があふれだす場所に立つと、みずからの生命の強さや弱さに感づいたり、生かされている意味やこころの内面を問うたりする。
中村草田男の「万緑の中や吾子の歯生え初むる」は、歯が生えはじめた子どもの生命への喜びや驚きから、「万緑」の圧倒的な生命力をみごとに表わしていて忘れがたい。

「万緑」に突入していく隧道、トンネル。
山の奥ふかくをいく線路やバイパス道路のための隧道だろうか。それとも自転車や人のための小さな隧道か。
「万緑」へ吸い込まれるように隧道はあるのだ。

そんな景観を想像していると、四句目の「あばら骨」が突然あらわれ、細長くつづく隧道が動物の胴体のように息づきはじめる。
そしてさらに「あばら骨愛しぬきたる闇」となると、かつては山に潜んでいたが「隧道」によって抉りだされた「闇」と、「隧道」が濃密な関係をもつようであり、「隧道」や「闇」は艶めかしい存在感を持つ。

「万緑」「隧道」「あばら骨」。この生命力あふれる存在は、すべて「闇」へつながる。
だれも、なにも、「闇」から逃れることはできない。