吉野 裕之


遠い朝のように母来て縁側の夏のほとりに吸うている桃

秋山律子『或る晴れた日に』(2009年)

 

美しい一首だ。遠い朝とはいつのことだろう。作者がこどもだったころの朝だろうか。あるいは、母がこどもだったころの朝だろうか。もしかしたら、まだ迎えていない、これから先の時間の朝かもしれない。そんな朝のように母が来る。そう、朝のように母が来るのだ。静かな静かな時間。静かな静かな空間。夏のほとりとは、晩夏のことだろうか。なんだかとても危うい。

 

「今までになく鮮明になってくるものがありました。それは、失ってゆくものへの鋭い痛覚です」

 

一冊のあとがきに、このようなフレーズがある。秋山律子は、世界=日常と向き合いながら、その危うさを受け止めていく。ああ、と思う。短歌は、そのための優れた方法なのだ。

 

しろじろと春の雲行くゆくえには幾つの国の春の日の影

家の隅しめりて日がな聴く母の声に夕陽がのしかかり来る

この角を曲ればきっとある部屋の卵のような寝台一つ

何かぼうと眉がうすくて喪主の座の友は左右にそよぐ 遠くに

黄ばみつつ冬過ぐるなれ古書店にひらくページに昼が積もりて

四月には桜並木が白じろと街を流れて光(かげ)ばかりなり

 

世界は、たぶんこのようにあるのだ。一冊を読みながら、そう思う。このように。そう、ひとりの私が感覚するイメージとして。だから、多様な私がそれぞれのイメージを展開する世界=日常は豊かなのだ。

影、夕陽、卵、眉、昼、光。これらを媒体として、秋山は世界を掴まえる。危ういけれど、確かに掴まえている。韻律の力を十全に働かせながら、みずからの意志で空間を再構成していく。

 

「何故歌を作るのか。たぶんその悲しみの周辺にあるいくらかの悲しみの断片を拾い集めているのだろう。」

 

秋山は、「短歌苑」通巻5号(2010年12月)のエッセイをこう結んでいる。このエッセイは「今年の二月に夫の友人が亡くなりその葬儀に真鶴まで行った」ときのことを記した短いもので、自分は短歌をつくるが、夫はそうではないことを述べ、「今、目の前の夫に言葉はないが、その顔に表れる深さが多分絶対の悲しみの言葉を持っているのだ。そして夫はそれを自分以外の者に手渡そうとは決して思わないのだ」と書く。秋山は、悲しみを詠めないことを知っている。それが、彼女の誠実さなのだと思う。