魚村 晋太郎


スプライトで冷やす首筋 好きな子はゐないゐないと言ひ張りながら

石川美南『砂の降る教室』(2003年)

スプライトはロングセラーの炭酸飲料。
アメリカでは1961年に、日本でも71年に発売された。
商品名はspirit(元気)とsprite(妖精)から来ているそうだが、splash(しぶき)という言葉も連想される。
同じ会社のコカ・コーラのガラス壜は女性の体を思わせる独特のくびれが印象的だったが、あぶくのような小さなくぼみのならんだスプライトの緑色の壜もなつかしい。
缶やペットボトルにおされてガラス壜入りのものが見られなくなったのは80年代ころのことか。

サイダー、ラムネ、ソーダ水、は夏の季語。
一首とすこし雰囲気の通じる俳句に、黛まどかのこんな句がある。

  ソーダ水つつく彼の名出るたびに

商品名では季語にならないし、俳句の場合は、ソーダ水というすこし古めかしい感じの季語が、ミス・マッチな面白さを出しているが、一首の場合は、やはりスプライトでなくてはいけない。
同じロングセラー商品でも、キリンレモンや三ツ矢サイダーでは駄目なのだ。

喉をうるおす前に、容器を首筋にあてて、つめたさを味わう。
いかにも夏の部活動のあと、という感じがする。
少女たちのライフスタイルも恋愛観も時代によってめまぐるしく変わってきたけれど、こうしたシーンはいまの少女たちにも結構ある。

好きな子がいないと意地になって言い張るのは、いる証拠、だともいえる。
きっと、相手にどう思いを伝えるか、ということよりも、女の子同士でそんな話をするのが楽しいさかりなのだ。
そして少女はすぐに大人になる。
少女期を回想するような連作に置かれた一首には、一回性のなかの普遍性、普遍性のなかの一回性のかがやきが、すばしっこくつかみとられている。