2016年06月のアーカイブ

母はよく讃美歌を唱ひしが〈ここはお国を何百里〉などもうたひぬ

空の海にさらはれたりや飛行船 五月の空は底なしの青

髪を耳に挟めばひそと耳の冷えふくらみながら海月の寄り来

『「いい人」をやめると楽になる』…本を戻して書店を出づる

満席を告げつつ椅子がないことがあなたの夜の深さだろうか

晩年を蘭に憑かれて生きにしは神を殺した男ダーウィン

曇天に火照った胸をひらきつつ水鳥はゆくあなたの死後へ

降らずとも傘を持ちゆく子を褒めてたまにはびしょ濡れもいいよと思う

墨壺ゆ引き上ぐるとき筆先は暗黒宇宙を一滴落す

片隅に〈桜桃忌〉とぞ記したれば上司のコメントあり業務日誌に

ビル街のよぞらに雨後の月あかしむかし御油[ごゆ]より出でし夏の月

ぷつぷつと突起のありてオルゴール春の夕べはひときはやさし

せめて冀求[こひねが]ふ――――。見事に霽れた朝[あさ]、バッハを聴きながら死ぬことを

原色の傘を差す子よ おまへとはまだ混じるべき色もたぬ生

問診の〈正しさ〉ゆゑに妊娠と出産回数さらりと問ひ来[く]

悲しめる暇(いとま)あらぬを許したまへ父の遺影をけさは浄むる

錦玉糖ふたつ買いおく雨間[あまあい]の誰も来ないかもしれぬ土曜日

〈神経は死んでいます〉と歯科医師は告げたりわれの初めての死を

昼の視力まぶしむしばし 紫陽花の球に白き嬰児ゐる

セーラー服の身を折り曲げて笑ひあふ少女の時間あをき風ふく

やはらかい雨の近づく昼下りクリームパンを柩に入れる

新婚の夏果てにけり逆さまにワイングラスの羅列のひかり

いつだつて足りない時間/さはされど/あればあつたで眠つてしまふ

勤勉な時計と手帳は仕舞いましょう静かにそそぐカモミールティー

真向かいのビルいちめんの鏡壁でニュースの字面は逆さに流る

近づく人椿を踏めり仔細もつ人と思ひてすれちがいたり

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