三井 修


空の海にさらはれたりや飛行船 五月の空は底なしの青

竹内由枝『桃の坂』(2014年、ながらみ書房)

 飛行船というものは実に不思議な乗り物だと思う。あんなに大きな図体をしていながら、乗せられる人の数は少ない。それでも20世紀前半には飛行船による大西洋横断航路もあったらしい。しかし、1937年に発生した「ヒンデンブルク号」の墜落事故を契機に燃え易い水素利用の飛行船の信頼性は失墜し、航空輸送の担い手としての役割を終えた。その後、広告宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性のヘリウムガスを利用した飛行船が小規模に使われている。

 飛行船には一応、乗務員や旅客を乗せるゴンドラの他に、エンジンおよびプロペラなどの推進装置が外部に取り付けられているのだが、地上から見上げる限りでは、何となく頼りなく、風に任せて漂っているような印象を受ける。作者はその様子を、空の海に攫われたようだと感じた。「飛行船」は「船」であるから「海」が浮かんだのであろう。ただ、攫われたというのはあくまで印象であり、実際には十分に制御されているはずだということは作者も承知しているので,「や」という軽い疑問の助詞が添えられている。

 五月の空の青さは限りない希望や憧れを意味すると同時に、その青の「底なし」は不安感もまた感じさせる。爽快で夢に満ちた作品であるが、一方で、生きることのかすかな不安をも漂わせていると思う。

     母を看る父の総身細りゆき冬田に佇む五位鷺のやう

     見守るといふ時間の重さ義母の手がパジャマのボタンかけ終はるまで

     秋空へ飛び立つポーズに自転車がルーフキャリアに運ばれてゆく