曇天に火照った胸をひらきつつ水鳥はゆくあなたの死後へ

大森静佳「はばたく、まばたく」(2016年)

『文学ムック たべるのがおそい』vol.1(書肆侃侃房)掲載

 

文学ムックの創刊号より。

コンテンツは小説(海外作品も)、エッセイと、5名の歌人による短歌15首ずつ。現在、同誌掲載の今村夏子さんの小説「あひる」が芥川賞候補となり注目されています。

総合文芸誌や週刊誌等に載る短歌はたいてい息抜き的なワンコーナーですが、このムックでは1ページ3首前後と歌集同様のレイアウトで、散文の2段組を見慣れた目にどう映るかを新鮮に意識します。

本誌を最初からめくってゆくと、短歌ページはまず大森さんの連作から始まります。

 

しろじろと毛深き犬が十字路を這うまたの世の日暮れのごとく

泣きながらわたしの破片を拾ってた ゆめにわたしは遠い手紙で

 

に続くのが本日の一首。

短歌まわりの余白が、急に広い場所に連れ出された感覚をうながします。〈毛深き〉〈十字路を這う〉など、語彙は平易ながらいかにも韻文ふうの言い回しを、味わいと見るか思わせぶりと見るか。

歌人としてなかば自己批判的にも読んでしまいますが、この先はいったん解釈モードで。

〈またの世の日暮れ〉と〈あなたの死後〉は呼応しています。不透明な世界の体温高い水鳥は、生命の表現。〈あなた〉も生きて息づく人でしょう。肉体ある現世の恋です。

現世は〈またの世〉とも〈死後〉とも分断されていません。なので恋も、現世と来世、この世とあの世に分かたれることはない。

そんな妄執が人を生かすのだという世界観があります。それはつまるところ、作者の短歌観だといえます。