水薬の表面張力ゆれやまず空に電線鳴る十一月

穂村弘『シンジケート』(沖積舎:1990年)


(☜5月17日(水)「月と空 (12月)」より続く)

 

◆ 月と空 (11月)

 

小さな計量カップになみなみと注がれ、表面張力で盛り上がる水薬に目を凝らすと、ぷるぷるとゆれつづけている。それは外で風に鳴っている電線の動きと呼応しているようだ。そのとき十一月であることが強く意識される――
 

「水薬」は例えば風邪のときに服用するシロップや、水に溶かして飲む薬を指すのだろう。今ではあまり聞くことのない、ノスタルジックな響きのある言葉だ。カップに表面張力を保つ薬は、なんだか文量を誤っているようで、うっすらとした危うさを感じさせる。それは、電線が風に鳴る音も同じである。夜はより長く、気温はより低くなってゆく十一月の持つ感覚がよく表れている歌だと言える。
 

掲出歌を含む連作「シンジケート」には、十二ヶ月の月を結句に据えた歌がある。
 

風の夜初めて火をみる猫の目の君がかぶりを振る十二月
郵便配達夫(メイルマン)の髪整えるくし使いドアのレンズにふくらむ四月
錆びてゆく廃車の山のミラーたちいっせいに空映せ十月

 

比較的よく引用されている歌を引いてみた。この「シンジケート」は、第◯回の角川短歌賞で次席に選ばれている。作品の冒頭に並ぶ月の歌の箇所は選考委員においても賛否があったが、委員のひとりである大西民子は次のように評価していたことを記録しておきたい。
 

最初の十二月から一月まで月に託して歌った歌も、お遊びですが、才気があって適切に歌われていて、この人がつかまえた各月の特徴がうまく出ていて、お遊びがわりあいうまくいっているんじゃないでしょうか。

 

今思うと、初期の穂村弘の作風が、上の世代にどのように受容されたかを的確に表しているように思われる。
 
 

(☞次回、5月22日(月)「月と空 (10月)」へと続く)