光森裕樹


七月十七日かなかな鳴けり幾度か短く鳴けり夜のベランダに

花山多佳子『草舟』(花神社:1993年)


(☜7月14日(金)「かすかに怖い (3)」より続く)

 

かすかに怖い (4)

 

七月のある夜、かなかな(蜩)が短く鳴いたのが聞こえた。どうやら、ベランダにいるようだ――
 

かなかなと言えば、夕暮れ時をその名の通りカナカナ…と寂しげな声に鳴く様子が浮かぶ。それが何を間違えたのか、夜に何度か鳴きだす。蝉は、気温や湿度や明るさなどの条件が揃ったときに鳴くのであろうから、この蝉も何らかの偶然で条件が揃い、泣き出したのかもしれない。そう考えるのが自然ではあるが、なにかこう蝉の本能のプログラムが動作エラーを起こしてしまったような怖さもある。
 

初句の「七月十七日」には、特定の意味はないのであろう。しかし、かなかなが夜に鳴いたことにより、作者にも読者にも特別な意味が生じる。何らかの記念日となるものではない。しかし、未来永劫「七月十七日」は夜に蝉が鳴いた日として記憶に刻み込まれそうな気もしてくる。
 

勉強せよと言われて子の顔に浮き出づるなり類人猿の相
がらくたを片付けて置く内裏雛を魔除けの如く子らはおろがむ

 

同じ歌集より、子を詠んだ歌を引いた。

どちらも一読してくすりと笑ってしまうような面白さがある。しかし、例えば一首目の「類人猿の相」という言葉からは人間の進化がふとしたきっかけで一気に逆戻りするような怖さがある。二首目には、人間というものがなにやら厳かであったり、美しく整えられたりする存在に自ずと手を合わせてしまう本能を持ち合わせているかのような気がしてきて、やはりかすかに怖い。
 
 

(☞次回、7月19日(水)「かすかに怖い (5)」へと続く)