江戸 雪


かのときのなつくさはらをかけぬけし風がうそぶく――さんさしおん

沢田英史『さんさしおん』(2007年)

「さんさしおん」。フランス語で<Sensation>。
日本語に訳すと<感覚>などがふさわしいらしい。やわらかい音の印象的な言葉だ。
若いころ夢見た同人誌。その名は「さんさしおん」にしようと決めていたと、歌集の後書にある。
それを読まなくても、「さんさしおん」になにか思い入れがあることは歌からわかる。

初句から四句目まで。
カ行音の連なりと、「風」以外のすべてのひらかな表記が、軽快さと若やいだ空間を広げ、
読むとなぜか淋しくてたまらなくなる。

また、アルチュール・ランボオに、「Sensation」(さんさしおん)という詩があり、その一節は次のようである。

夏のさわやかな夕、ほそ草をふみしだき、
ちくちくと穂麦の先で手をつつかれ、小路をゆこう。
夢みがちに踏む足の、一あしごとの新鮮さ。
帽子はなし。ふく風に髪をなぶらせて。
(金子光晴訳)

ランボオの詩にもやはり同じ淋しさがあると感じるのは私だけではないだろう。
どちらにも、夢見がちに過ごした時間が横たわっている。

ひとは、むかしの自分の若さに恋することもある。
さんさしおん、さんさしおん。
感覚だけで生きられる時間はみじかい。そのことに若者は気づかない。