YEN再びマッチョになる日を夢みむか夏の喉(のみど)を降るバーボン

山田富士郎『羚羊譚』(2000年)

YENがマッチョだった時代とはいつのことだろう。
1950年代から70年代にかけての高度経済成長期、ということも考えられるが、たぶん80年代後半から90年代初頭にかけてのバブル景気の時期が念頭にあるのだろう。
マッチョとは力強くたくましい男性の様をいうが、しばしば過剰な筋肉を揶揄する文脈で使われる。日本企業が国外の不動産を買いあさった、あのバブル期のほうがぴったりくる。

バーボンはトウモロコシから作るアメリカ産のウィスキー。
主人公はもともとバーボンが好きなのかもしれないが、バーボンは、いかにもバブル期の雰囲気にふさわしい酒だった。
ヤング・エグゼクティブという言葉が使われはじめたのも当時のことだが、そんな若い世代にはブランデーほどあまくなく、スコッチのように渋くないバーボンの香りが好まれた。
ポピュラーなものは、ジム・ビーム、フォア・ローゼズ、IWハーパーなど。七面鳥のラヴェルのワイルド・ターキー、キャップに小さな馬の彫像のついたブラントン、赤い封蝋をかぶせたメーカーズ・マークなどは高級なものだった。

夢みむか、という表現に主人公の微妙な心境があらわれている。
主人公は、あんな時代がもう一度来るなんて思ってもいないし、来て欲しいとも思ってはいない。懐かしむ、というのとも、たぶんちがうだろう。
はげしい世相の変化になかば呆然としながら、ひとりの人間の生が後戻りも交換もできないことに、あらためて思いをめぐらせるのだ。
夏の喉、とは、壮年の喉でもある。その喉を、じんと熱くして火酒が降ってゆく。

バーボンはいまでも飲まれているが、焼酎などにとって変わられて、ずいぶん少なくなった。若い人が、あまり酒を飲まなくなったせいもある。
どんな時代に生まれても感じることなのかも知れないが、生活のスタイルや価値観は実に目まぐるしく変わるものだと思う。
作者は、そんな戦後の日本人の姿をつねに批判的に見つめてきた。
歌集の別のところには、こんな歌もある。
   日本は何にでもなる日本は子供のこねる粘土のやうに

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