吉野 裕之


蜂蜜にカリンの輪切り五つ六つ浮かせて風邪を待つごとくゐる

中地俊夫『覚えてゐるか』(2011年)

 

学習塾まへの夕べの公園にボールを蹴りに来る子供たち

止まらなくなつてしまひしトイレットの水音ひびく春のあけぼの

風通しよきところまで卓袱台を引つぱつて葉書三枚を書く

五年先のことがたちまちやつて来て運転免許証の更新

服を着たお犬さまには土手の道ゆづつてやつて振りかへり見る

お前の作つたチーズケーキが食べたいと父親われは言ふこともなし

この通りで一番古くなりし家 それもよいかとわが家見上ぐ

 

「今は妻と二人だけの生活だが、私も妻もなんとか元気で、二人の孫に引っぱられながらも、それぞれ気儘な生活を楽しんでいる。この歌集はそんな気儘な生活の中から生まれたもので、なんとも取り留めがないが、お読み頂ければ幸いである」とあとがきにある。そう、一冊を読むと幸いな気持ちになる。

ちょっととぼけながら、かといって不真面目でなく、そしてほんわかと暖かな作品たち。中地俊夫の作品は、なんだかなつかしい感じがする。なつかしさとは健やかさのこと。私たちが本来もっている健やかさ。でも、日ごろはついつい忘れがちになる。そして、ときどきふと思い出す。だから、なつかしい。

 

蜂蜜にカリンの輪切り五つ六つ浮かせて風邪を待つごとくゐる

 

カリンは、古くから咳や喉の痛みに効果があるといわれている。ほかにも、疲労回復、冷え性、利尿、整腸などの効果があるようだ。カリンの蜂蜜漬けは家庭でも簡単につくることができる。

ティーカップかなにかに蜂蜜とお湯を注いで、カリンの輪切りを浮かせて。おいしそうだな。でも、これって風邪薬だから、風邪を引かないと飲むことができないよなあ。風邪を引かないかなあ、なんてね。こんなことを思いながら、ティーカップを眺めているのだろうか。

誰も子どもの頃、風邪を引かないかなあ、お腹が痛くならないかなあ、と思ったことが何度かあったはずだ。理由はいろいろ。そんなことを思い出したりしながら、しばし時間を楽しんでいるのだろう。ほんわかほんわか暖かい。

 

三一二四グラムの体重に満足をしておぢいちやんとなる

あめりかに行つてしまひしみどりごをしばしば思ひあめりかにくむ

橇にのせ保育園まで幼子をひつぱつてゆく役をいただく

朱(あか)き実を川に流しつづけたことぢいぢが死んでも覚えてゐるか

幼子を間に入れて川の字に寝るしあはせはいたく疲るる

 

孫を詠んだ作品たちも見逃せない。「子の役は蓑虫なれど父なればみのむしばかり見つめてゐたり」。『妻は温泉』(2001年)にこんな作品があった。中地は、普通の父であり、普通の祖父である。普通であることが、やさしい。