江戸 雪


水族館(アカリウム)にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を生む器(うつは)

坂井修一『ラビュリントスの日々』(1986年)

タカアシガニの水槽は、非日常を感じさせる水族館のなかでも不思議な空間のひとつだ。
全身オレンジ色の、足が必要以上とおもわれるほど長いタカアシガニは、宇宙人のようでもある。
若い女性がその水槽の前に立つ。贅肉などとはまだ無縁の身体と心を持つ女性。
不思議なタカアシガニと向き合うことに一心な姿を、隣でそっと見つめている。
すると、彼女の存在がいつもと違う色彩をもつようにおもえた。

時間をともに過ごしていると、そのひとについて知らなかったことを知り、自分の胸も開き、
関係が少しずつ変容していく。
なんでもないときに、ふたりの空間の何かが変わったとおもう瞬間がある。
そのとき、幸福を感じたり、あるいはすこし怖くなったりもする。

タカアシガニの水槽のそばに立つ女性を見つめながら、そんないつもとちがって見える瞬間があったのではないだろうか。
海の生命力が溢れた空間で、こいびとを純粋な生命体として感知した。
「子を生む器」というとらえ方は、それだけに限定されてしまうとしんどいけれど、男性が、女性特有の性をありのまま感じとったということなのだろう。
「いつか誰かの」とし、<いつか俺の>といわない。性急でない愛もまたいい。