吉野 裕之


午後三時県境に雲影(エコー)あらはれて丹波太郎はいま生まれたる

真中朋久『雨裂』(2001年)

 

たはむれに対旋律をたどりゆくわれ斉唱に従ひがたく

君が火を打てばいちめん火の海となるのであらう枯野だ俺は

おほぞらの見えぬ雲雀を捜しつつ光のなかにとりのこされし

泡ばかり噴きこぼれゐるグラスへと唇よせながらまなこあげたり

そのひとはふるへる手もて酒瓶を傾けてゐつ手を添へられて

片足はいまだに闇に残しゐると窓の下に立つわれを言ひたり

紅梅は濃く薫りゐて白梅の標本木のしづかなりける

 

これらの作品を読みながら、短歌という詩型の遥けさを思う。遥けさ。それは大きさのことかもしれない。空間的、時間的大きさ。あるいは、短歌に関わる者として、これからのことを思ったときの、心のなかに生まれるなにか。

『雨裂』は、30代後半に上梓された、真中朋久の最初の歌集。ていねいに対象に向き合い、確かに描写しようとする意志。その意志が、一首を張りのあるものにしている。そして、短歌という詩型を自らのものにしようとする覚悟、といったら大袈裟かもしれないが、そんな短歌への思いが、一首一首の完成度の高さに現れていると思う。

 

午後三時県境に雲影(エコー)あらはれて丹波太郎はいま生まれたる

 

丹波太郎は、京阪地方で、陰暦6月ごろに丹波方面に立つ夕立雲のこと。山城次郎、比叡三郎といったことばもあるようだ。丹波太郎は京都府北部を流れる由良川の異名でもあり、この川はなかなかの暴れ者らしい。私たちは、天候や地理に多くの名前を与えてきた。それは、それだけ親しく付き合ってきた証であり、つまり知恵の蓄積であり、私たちの生活はこうした知恵に支えられてきたのである。

「午後三時県境に雲影(エコー)あらはれて」。「午後三時」。それは夕方がそろそろはじまろうとしている時間。「県境」。それは土地の名称が変わろうとしている空間。「丹波太郎はいま生まれたる」。そこに「雲影(エコー)」が現れて、「丹波太郎」が生まれた。そう、ものがことになった瞬間。

ことは、ものと私たちの関係。夕立を恵まれる私たち。私たちに待たれている夕立。今年も、去年も、その前の年も、こうした関係はずっと昔から続いてきて、「いま・ここ」に私たちの生活はある。

そんなことを思っても思わなくても、夏、丹波太郎に出会うことは喜びだ。関東地方に暮らす私にとっても。

 

すこし前に過ぎたる船の波がとどき大きくひとつ浮橋をゆらす

らんらんと瞠きて夜を眠らざる池の怒りを思ひつつ呑む

 

最新の歌集『エフライムの岸』(2013年)の巻頭、巻末の一首である。韻律が、やわらかに、かつしたたかに深まっている印象を受ける。完成度の高さは、自ずとこうした変化を遂げていくのだ。それが短歌なのだと思う。