江戸 雪


野イバラが素足に痛くて今きみをみたら泣いてしまうなきっと

北川草子『シチュー鍋の天使』(2001年)

ユニークな感覚の歌だけれど、なぜか歌の世界にうっとりする。
うっそうと草の繁る河原や平原だろうか。湿った土を踏みしめながら、野イバラが素足へちくちく触れてきて痛い。なにかを語りかけてくるようなその存在感。
このナマな躊躇いのない感触の表現が、まだあまり傷ついたことのないきれいな若者を連想させる。

♪これからわたしはどんなふうに傷つくんだろう。
下の句は、そんな予感におののいているようにもおもえるし、どこか幸福感もただよう。

「今きみをみたら」というフレーズがいい。
野イバラが素足に触れる近景から、一気に遠景へと場面が転換する。
きみはここにいない。けれど、泣いてしまうほどきみへのおもいがこころに溢れてくる。
逢いたい。逢ってきみの顔や手に触れたい。
空をみあげているのだろうか、それともかすむ地平線に視線をそわせるのか。
遠いまなざしできみを思い出す。

野イバラが素足に触れてくるちくちくが、きみを想うどきどきをつれてくるのだ。