前田 康子


腕時計を見る癖が出来真夜中の湯船の中で左手を見る  

佐々木実之『日想』(2013)

 

『日想』は佐々木実之の遺歌集である。歌は逆編年体で組まれていて、この一首を含む予備校時代の作品は歌集の最後の方にある。私は大学時代から作者を知っているので、初々しい彼に初めて出会う気持ちで読んだ。

この歌は「浪人日記」という一連のなかにある。試験の本番にむかって、時間配分しながらテストを繰り返すうちについた癖を詠んでいるのだろう。湯船の中でもつい無意識に手首を見てしまう感覚が素直に詠まれている。

 

「歌なんぞやつているから落ちるんだ」理由があるだけ私は幸せ

今何かせば手配用写真ともならむ写真を願書に貼りぬ

日本史に出題ミスを見付けたりこの快感は人に語るな

 

こういった、今の時代なら「受験生あるある」とでもいわれそうなリアルな予備校短歌がいくつもある。一首目は、誰に言われているのだろう。家族か、予備校の先生か。短歌をしていることが受験勉強の妨げになっていると非難されても、下の句では少し開き直っている作者がいる。二首目はやや受験に余裕のあるような一首だ。三首目もこの作者らしい一首で、問題と格闘しつつもその中に秘かに楽しみを見つけている。

一連には予備校の学校名など出しつつ教室での様子、講師の表情などリアルな受験生活が詠まれている。2012年に佐々木は43歳で早逝したが、彼の充実した若き日を垣間見ることができて少し嬉しかった。

受験シーズンもいよいよ大詰めである。この歌を読んで、高校受験の娘の腕時計がちゃんと動いているか確かめた。日頃は携帯電話で時刻を見ていて腕時計などしないから試験に使うことをすっかり忘れていた。