一ノ関 忠人


白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

      若山牧水『海の声』(1908年)

 

牧水のこの有名な歌をいまさらと思う方が多いに違いない。あまりにも有名で解釈も細かく加えられているが、ここでこの歌を揚げたのは、この歌の解釈をしようと考えてではない。昨年の暮れに読んだ岡野弘彦のエッセイに驚いたからだ。そのエッセイの内容に触れる前に、私のこの歌の解釈を述べておこう。

白鳥は、ハクチョウでも、カモメでもいい。岡野のエッセイを考慮すればハクチョウのほうがよさそうだが、旅の海辺に出会ったカモメと考える方が素直な気がする。ただ白い鳥ということが大切だ。白い鳥には、洋の東西を問わず古来魂の鳥の資質がある。「哀しからずや」は淡い旅愁ゆえの問いかけと読んで、あまり重い意味を与えない。そのカモメは空を飛んでも青色にまぎれることなく、海に浮いても深青に侵されない。そこに孤独感を感ずる。ということだろうか。

この歌に対する印象を一変させたのは、岡野弘彦が「創作」百巻記念号(2013年9月号)に寄せた「牧水短歌の不思議」よってだった。「熱きしらべの力」と副題されたエッセイは、牧水が自然主義に徹することなく、「詠嘆境に逍遥」したことを述べ、その朗詠による熱いしらべの可能性を探るものでもある。

しかし驚くべきは、「今まで一度も人に語ることのなかった、牧水の短歌にからんだ忘れることの出来ぬ体験」を語っていることだ。同様の内容を持つ短文は「短歌研究」1月号にもある。

1944年夏から冬、国学院大学の予科二年生だった岡野を含む百名ほどの学生は、豊川海軍軍需工廠の鍛造工場において兵器製作の重労働に従っていた。それでも週に1、2度は残業の後、有志が集まって研究会や歌会を続けていたという。

ある夜の歌会の席でのことだ。各自が無記名で提出した中にこの牧水の一首があったという。もとより誰にも知られた名歌である。当然ながら誰もがいぶかるなかを憤然として立ちあがったのは岡野の親友であった。

「同級生で特攻隊要員として今訓練中の友人が居るじゃないか。棺桶のような特殊潜航艇の訓練もはじまっている。この歌はわれわれのような今の若者の運命を予言する、古代の『童謡(わざうた)』だと思わないか。」

その言葉に反論するものは誰もなかったという。自分の運命を予感して沈黙して深い思いに沈んだ。岡野もその後、召集を受けて入隊することになる。

童謡(わざうた)は、政治上の風刺や社会的事件を予言する意味を持った、民衆のあいだに流行する作者不明のはやり歌である。古代の予言歌謡のようなぶきみな感覚を戦時中の若者たちは、この歌に感じたのだ。青春の愁いを含んだ孤絶感をうたった牧水の一首が、空、海に散華する若き命を暗示していると読むのは、いかにも不幸な時代である。岡野が今まで口にすることなかった、この牧水の名歌の暗面をあきらかにしたのは、今伝えておかねば消えてしまう記憶だと考えてのことであろう。その意志を汲みたい。