空蝉の毀誉褒貶にとらわれず一日一日をじわりと生きむ

上田正昭『史脈』(2013年)

              *空蝉に「うつせみ」、一日に「ひとひ」のルビ。

 

上田正昭は、日本古代史の研究者である。戦争末期の国学院に学び折口信夫の影響を受けるものの、戦争があり、その後京都大学に学び、戦後の古代史の代表的研究者に成った。『日本古代国家成立史の研究』にはじまる単著書70冊、監修・編著書515冊というから大変なものだ。

短歌においては折口に直接の指導を受けたわけではないが、その頃からノートに歌を綴ってきたと『史脈』の「追い書き」にある。他に『共生』、『鎮魂』の二冊の歌集がある。

戦中の皇国史観への反省から文献史学、実証主義全盛の昭和戦後期にあって、上田は文化学、神話学、ことに折口経由の民俗学の影響を受けた古代史研究を展開する。

 

死をみつめ折口学の死生観改め胸にこだまして止まぬ

余生少なしいまは別れと羽咋の里折口父子の墓に詣でたり

人の死は断絶にあらずミタマフリ招(お)ぎまつりして吾につながる

境内の鷺草ひともと風にそよぐ酷暑をしのぎて秋の夕暮れ

 

折口信夫の人と学問への敬愛がここに示されている。

上田は、学者である一方でまた鎮守の社の神主として65年つとめられた。四首目は、上田が守る社の境内である。

上田は近年、膀胱癌が見つかり「闘病の日々」を過ごす。その間に妻を亡くす悲しみを経験する。そうしたつらい時期を経たうえでの、今日のこの一首である。

「空蝉」は、この世、現実。人はあれこれ褒めも貶しもする。そんなものにとらわれずに一日いちにちをじわり、じっくり生きて行けばよい。長い人生の経験を重ねての、この思いである。

上田は、2001年の宮中歌会始に召人として招待された。そこで、次の歌が披講された。

 

山川も草木も人も共生のいのち輝け新しき代に

 

世界、人類の共生を願い、日本の歴史の考究に尽してきた上田の渾身の一首であった。

折口信夫への敬愛を失うことのない上田正昭である。今日、折口信夫生誕の日の一首として、上田の歌を紹介する。そして今日はこの国の成立を記念する日でもある。古代日本の成り立ちを研究してきた上田の歌を今日読むのも謂れのないことではない。