桃林聖一『ネバーランドの夕暮』(2014)
ほっとするような一首である。作者が高校の先生をしていた頃の歌。授業で使うプリントを配っただけで素直にお礼を言ってくる生徒、そしてその場面を忘れられなく思っている作者がいる。
問題の用紙くばればさらさらと白い流れが七つ生まれる
こんな歌もある。これもプリントを配っているときの歌。前の生徒が後ろへどんどんとプリントを渡して送っていく。それが川のような「白い流れ」となって作者には見える。「七つ」だから七列机が並んでいるのだ。教室の前に立って生徒たちを見守っている視線を感じる。
生徒らも同じ視線に耐えたるか定時制職員蔑視されたり
学校で生徒が死んだ そのことを忘れたふりしてチャイムが響く
このような歌も、現代の教育の現場をどうしようもなく表しているのではないだろうか。一首目は定時制の高校に勤務しているというだけで蔑視される職員のことを詠んでいるが、同時に作者は同じようにそういう眼をむけられてきた生徒の痛みを感じている。やりきれない想いを感じる歌だ。二首目は学校で自死した生徒、そしてそのような事件が起こってもいつもと同じように鳴るチャイム。学校という場所の残酷さを感じる。
あとがきにも作者の人柄が感じられる。一部を要約すれば「教員生活のなかで自分の言葉で子供たちを傷つけてしまったかもしれない、お詫びがしたい、再び会って話をしたい」という気持ちをこめてこの歌集を出版したという。
タコの口している時が思い出す時の顔だね おかっぱ少女
水面に息つぎに来よ目を伏せてじっと動かぬ イワナ少年
蛸やイワナなどを表現に用いながら生徒をじっくりと見て詠んでいる。親の立場からこれらを読むと、作者は親よりも深く、多感な子供たちの心を感じようとしていたのではないだろうか。