夜をこめて板戸をたたくは風ばかりおどろかしてよ吾子のかへると

柳原白蓮(『村岡恵理『アンのゆりかご』から)

*吾子に「あこ」のルビ。

 

これもNHKの朝ドラつながりの読書中に発見した一首である。「花子とアン」の主人公のモデルである村岡花子が、東洋英和女学校時代からの「腹心の友」であった柳原白蓮の戦中の一首である。柳原白蓮もまた戦争被害者の一人であった。

白蓮は、伯爵令嬢であるが九州の炭鉱王と年齢差のある結婚で話題になった。勿論、生い立ちに違いの多い夫の生活が円滑であったわけがない。やがて若き弁護士であった宮崎龍介と結婚。姦通罪のある時代でもあり、スキャンダラスな事件として耳目を集めた。宮崎龍介は、孫文らの辛亥革命を支援した宮崎滔天の子息である。

生活上の不遇感が短歌への情熱をかりたてたところもあるのだろうが、情熱的な「明星」風の歌を発表し、それがまたスキャンダラスな話題を撒いたようだ。

私には、どうもこのような歌人の作歌、また生涯に興味を持つことができないのだが、ドラマの力はなかなか大きい。ついつい好奇心が『アンのゆりかご』(新潮文庫)から林真理子の『白蓮れんれん』(中公文庫)を読まずにはいられなくなってしまった。ただただ興味本位だが、どこか怖いもの見たさのような気持ちもあって、べたべたした性と嫉妬に辟易しながら、また歯の浮くような龍介と白蓮のあいだを往来した書簡にもとづいた小説を読んでしまった。

林真理子のこの作品、どうなのだろう。こういう世界を書かせたら、やはり瀬戸内寂聴だろう。林の筆は、どうにも浮ついて、内容も内容だから、私にはなじみにくいものであった。とはいえスキャンダラスな話題は、それなりに面白い。

林が小説中に取り上げている白蓮の歌は、次のようなものだ。

 

誰か似る鳴けよ唱へよあやさるゝ緋房の籠の美しき鳥

ゆくにあらず帰るにあらず居るにあらで生けるか我身死せるか此身

妬みすれば紅き血汐のことごとく黒く沸(た)ぎるよ女はくるし

 

九州の炭鉱王伊藤伝右衛門の妻であった時代の歌である。白蓮は、佐佐木信綱が主宰する「心の花」の同人であった。

龍介とのあいだに生れた香織、香織といっても男性である――、その白蓮の長男が、学徒出陣して陸軍に入隊、終戦の4日前、1945年8月11日に鹿児島県串木野でアメリカ軍の空からの攻撃を受けて戦死した。白蓮の衝撃は激しかった。この歌にこもる慟哭、哀惜は深い。実際に、白蓮は立ち上がれなかったという。やがて「国際悲母の会」を結成し、平和運動に後の半生を捧げたという。白蓮も戦争に大きな影響を被った一人であったのだ。

ここまで書いて準備をしていたところに白蓮の歌をもう少し知ることになった。それも今日のこの一首と同じ長男香織の戦死を歎く歌である。

 

幼くて母の乳房をまさぐりしその手か軍旗捧げて征くは

英霊の生きて帰るがあると聞く子の骨壺よ振れば音する

たつた四日生きていたらば死なざりしいのちと思ふ四日の切なさ

 

白蓮の歌集『地平線』収録の三首だという。「地中海」7月号の「歌壇月旦」(藤田美智子)に、アーサー・ビナード『日本の名詩、英語で踊る』(みすず書房)に掲載されていると紹介されていた。