一ノ関忠人


やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに

石川啄木『一握の砂』(1910年)

 

なんで今更こんな有名な、しかも季節外れの歌をと思われるだろう。私もあれあれと思うのだが、たまたま目にした本にちょっとおもしろいことが書いてあって、短歌的抒情について関心のある方に紹介しておこうというつもりである。

目にした本は、五木寛之『一向一揆共和国 まほろばの闇』(ちくま文庫)である。先日短歌に関する仕事で一泊した。一人だったので、時のつれづれに文庫本でも、と思って駅構内の新刊書店に立ち寄った。小説だと熱中して睡眠にかかわるとまずい。明日の講義にさしさわりがあってはならない。そこで退屈しのぎには、こんなところだろうと選んだのが、この一冊である。

五木寛之は、『青春の門』のファンである。以後、『風の王国』などぽつぽつと読んではいるが、それほど良い読者とは言えない。最近は『親鸞』を文庫化された時に読むくらいであった。この一冊は、「隠された日本」シリーズの4冊目、つまり五木寛之版風土記の一冊。このシリーズの特色は、「サンカの民と被差別の世界(中国・関東)」、「隠れ念仏と隠し念仏(九州・東北)」、「宗教都市と前衛都市(大阪・京都)」と各冊のタイトルと地域を見ればあきらかなように、日本の歴史の暗部を探る旅での思索をつづったものだということだ。歴史の暗部、とりわけ被差別民の問題に積極的にかかわろうとしているところに特色がある。五木は、こうした問題に長くこだわってきた。

その「加賀・大和」編が、文庫の新刊棚に平積みされていたのを、気軽に選んでしまったということだ。読みすすめると、意外なほどに重たいエッセイであった。司馬遼太郎に『街道をゆく』シリーズがあるが、五木の「隠された日本」は、被差別の問題にテーマを絞っているだけにずっと重みがある。こうした問題への啓蒙を目的にしたシリーズであり、一読、三考をお勧めする。が、今回の目的はそこではない。

『一向一揆共和国 まほろばの闇』は、肝心の加賀、大和の旅の思索を書き記す前に、序説のような一章がある。「『情』を『こころ』と読むとき」と題された、短い一章である。そこにちょっと興味深いエピソードが紹介されていた。それが、この啄木の一首にかかわっている。

一文は、五木の中学時代、大伴家持の歌に「情」を「こころ」と読むことを知ることからはじまる。その「情」という字が、最近は使われなくなっている。「人情」という言葉も、演歌や新派や浪曲の世界のものと受け取られている。

五木は、それも無理ないことと言う。なぜなら戦前のベタベタとした家族制度や義理人情のしがらみを、戦後、冷静で理知的で合理的、ドライな人間関係や社会への変革を目指してきた結果だからだ。それは「まるで濡れタオルにドライヤーを当てるようにして、こころと社会を徹底的にかわかしてきた」ために、「人間の『情』、すなわち『こころ』までもがカラカラに乾燥しきって、いまやひび割れかかっている」。

それではまずい。「情」の回復こそが、日本の現状を変えて行くというのが五木の主張であり、その「情」が脈々と生きている土地と歴史を訪ねるのが、このシリーズの目的である。

戦後、抒情の排除を主張した小野十三郎のエピソードが紹介されるのも、この文脈においてである。小野による「短歌的抒情の否定」は大きな影響力を持った。五木も「湿った文章を書くのは恥ずかしいと思いこみ、情緒的なものを排除して乾いた文章を書こうと努めてきた」という。五木のみならず、この小野のテーゼに影響を受けた作家、詩歌人は多いだろう。戦後十年を経て生まれた私にしても、その影響を受けている。湿っぽい日本的抒情への愛憎には複雑なものがある。小野の主張は、浸透力を持つ明解なものであった。

その小野十三郎が亡くなったのは1996(平成8)年10月8日のことだ。その翌年に「新日本文学」が追悼特集を出した。それを五木が読んだ。そして「意外な気がした」と言う。

詩人・作家の井上俊夫が啄木のこの歌を引用して、次のようなことを書いていたからだ。

 

言わずとしれたことだが、これは石川啄木の短歌である。亡くなった小野十三郎さんのことを書くのになぜ啄木をもちだすのか。/じつはこうした啄木の歌を透き通った声で高らかに朗唱してみせた小野さんの姿が、瞼に焼きついて離れないからである。/短歌にありがちな感傷的で批判精神を欠いた安易な叙情を俎上にのせて、小野さんはかの有名な「短歌的抒情の否定」という命題をうちだした。/しかし、小野さんはひそかに啄木の歌を愛していたのである。(五木の本から孫引き)

 

井上によれば、小野はこの啄木の歌が気に入っていて、小野が校長を務めた大阪文学大学の卒業式後のコンパの折などにこの歌を朗唱するのを何度も聞いたと言う。

これを読んだとき五木は、「まさかあの小野氏が、と信じられないような気持ちだった」と書く。啄木の歌の中でも、後に石川さゆり歌う阿久悠作詞の演歌「津軽海峡冬景色」の本歌に使われたこの一首である。「泣けとごとくに」は、まさに人を泣かしめる。

それを「短歌的抒情の否定」を主導した小野が朗唱する。たしかに信じがたい光景である。この小野の姿を書き留めて置きたく、ここにこの一首を引いたのである。

五木は、信じがたいとと言いつつ、「しかし、よく考えてみれば、私がだまされていたわけではないのだろう。乾いたポエジーを追求した彼は、その内側に啄木のふるさとのあの北上川の流れのような情感を、人一倍多くたたえていたのかもしれない。あるいは、ありあまるほどの抒情を自分の内側に抱えこんでいて、それを克服するための『短歌的抒情の否定』だったのかもしれない。」「ひょっとすると、小野氏がいいたかったのは抒情の否定ではなく、古き抒情を克服し新しき抒情を確立せよ、ということだったのではないかとも思えてくる」と言う。

なるほど。私もそう思うことにする。そして私も「新しき抒情」の確立に力を尽したい。明日は小野十三郎の忌日にあたる。