さいかち 真


海ふかく沈める艦がかぎりなき潮のながれに音ひびくとぞ

川島喜代詩『波動』(昭和四十四年)

 潮にこすられて沈船の発する音というのは、何か体の芯に響いてくるような、底ごもるかなしみを含んだものなのではないだろうか。千家元麿に「象」という詩があるのをいま思い出したが、幽遠のかなたにむかって呼びかける孤独な叫び声は、見返りをもとめない、存在そのもののすさびであり、祈りであり、あるがままに受容するほかはない自然の現象と化したものなのである。

レイテ湾への突入作戦で沈んだ戦艦武蔵の船体が発見されたというニュースが最近流れたが、大和も武蔵も千年の眠りについたものとして、そうっとしておいてやればいいのである。怖れを知らないということは、いいことなのかどうかわからない。私はあの艦首の映像を見てぞっとした。あれはまだ鎮まっていない死者の遊魂がまつわりついている姿である。すっかり水に洗われたカリブ海の海賊の宝物探しとはちがうのである。