松村 由利子


わが内に湯浴みしている一粒を何と呼ぼうか春雨の降る

          天道なお『NR』(2013年)

 

「春雨」はやさしい。みごもった喜びは、季節を問わず美しく輝くものだけれど、とりわけ春の気分には、やがて母となる、やわらかな思いがぴったり合う。

妊娠初期は体温がわずかに上昇する。そして、うんと眠くなったり、体がぽかぽかと温かく感じたりする。だから、「湯浴み」は何気ないことばだが、経験ある女性にはとてもリアリティのある感じを抱かせるだろう。

ぽっかりと羊水に浮かぶ「一粒」は、まだヒトの形をしていない胎芽を思わせる。そう、種子のような「一粒」は、「胎児」の前段階である「胎芽」と響きあう。きっと、妊娠したことが判明したばかりの歌ではないかと思う。

結句の「春雨の降る」には、この作者の繊細な言語感覚が表れている。ここは、やわらかな「の」でなくてはならない。「春雨が降る」では、みごもった作者と雨は、何だか対立関係にあるようだ。「一粒」が湯浴みしている内なる水と、やわらかく外界に降る雨とが、どこかでつながっているような気分を表すには、この「の」が大事な働きをする。