男系の孔子三世の墓ありて墓なき女は空にかがやく

川口美根子『光る川』(1997年)

           ※「三世」に「さんぜ」、「空」に「くう」のルビあり。

孔子廟を訪れたときの歌。この人の中国詠はいい。一九八一年刊の『紅塵の賦』は、残る仕事であると私は思う。作者も含めてすでに大半が物故してしまったが、土屋文明系の歌人の中には、戦時中の文明の旅のあとをたどって中国に旅行して歌を作る人が大勢いた。

「君子」というのは、貴族の成人男性のことだから、『論語』の仁もはじめから男性のために説かれたものである。孔子とその子や孫の墓は祭られているが、その妻の墓はない。女の墓がないではないか、というのは作者のひそかな憤りである。作者は、歴史に残らない女の尊厳というものを思い、短歌のかたちをとった言葉の墓碑を建立したのである。