夕かけて双子の山にゐる雲の白きを見れば春たけにける

北原白秋『風陰集』(昭和十九年刊)

※「双子」に「ふたご」とルビ。

 私のいまの勤務先は小田原の近くにある。住んでいるところは藤沢市の北部だから朝は藤沢駅まで小田急線で南に下って、東海道線の下り電車に乗り換える。この乗り換えが毎朝大変混雑する。途中は駅の発車メロディーがサザンの曲で有名な茅ヶ崎駅を通過し、相模川を鉄橋で渡ってから平塚駅を通過する。朝のうちは、ぼんやりと平塚終点の列車に乗っていると、折り返し運転のため上りのホームについてしまうことがしばしばある。本に夢中になっている時もあぶない。その場合は階段を上って、向かいの下り線のホームまで戻らないといけない。三十分も下りの東海道線に乗っていると、ちょっとした旅行気分である。大磯、二宮、国府津、鴨宮、小田原と続くのを鴨宮駅で下車する。国府津駅のホームからは海が見下ろせる。小田原に近づくと、海沿いを走る線路が弧を描いて左カーブとなるため、天気のいい日は、列車の右側の窓から富士山が、箱根の外輪山の右側に突き出している姿が大きく見えて来る。富士の左裾は、外輪山の影になっていて、その左の方に目を移すと二子山が見える。お椀を二つ並べてかぶせたような愛らしい丸みを帯びた形をしていて、高さも大きさも同じぐらいだから、小さい子供ならおっぱいの山と言うかもしれない。自分の住んでいるところからは見た覚えがないのだが、先日晴れた日に高座渋谷のスーパーの屋上駐車場から西の方を見はるかしたら、その特徴的な姿がきちんと見えた。高所に上れば見えていたわけである。

『風陰集』は白秋没後、小田原在住時代の作品を集めて刊行された本である。掲出歌は、昔の旺文社文庫の『北原白秋歌集』から引いたので孫引きだが、この文庫本は選をした木俣修の脚注が行き届いている。関野準一郎の柳川風景らしい版画調の表紙絵もかっちりときまっていて美しい。古書ファンにはよく知られていることだが、三十年以上を経ても劣化していない旺文社文庫の造本とカバーには感心させられる。