松村 由利子


鈍器もて人打つごとき音をたて自動販売機のジュース落つ

荒井直子『はるじょおん』(2005年)

 

事件報道を目にすると、私はたやすく事件の当事者に感情移入してしまう。暴力をふるわれながら幼い子を育てていたり、経済的に苦しい中で老いた親や配偶者を介護していたりすれば、ある時ついに追い詰められるということもあるだろう。

人間は弱い。そこそこ恵まれた状況であれば「いい人」でいられるが、長期にわたって苦痛に苛まれ続けたとき、自分でも思わぬ行動に走ることがある。そのことを知っている人と知らない人とでは、世界の見え方が異なるのではないか。

この歌の作者は、自動販売機でジュースを買った際、思いがけない重量感で缶かペットボトルが落下してきたことに怯えた。「経験したことはないけれど、これって鈍器で人を殴るような感じではないかしら」….その怯えは、自分の中にある暴力性への怯えと読んだ。歌集では、この歌の次に「すずやかに鳴くすず虫にうるさいと怒鳴るほど荒んでいるわたし」という一首が置かれている。

下の句の句割れ、句跨りが非常に効果的で、自販機のたてた鈍い音が耳に響くようだ。人を打つかもしれないところへ追い詰められる苦しみを、私も知っている。最近の歌壇では「大喜利」的な機智に富んだ比喩がもてはやされるが、優れた比喩というものはこんなふうに強く感覚に訴えてくるものなのだ。