松村 由利子


「2度熱傷」そのものなればするたびに心が痛むトマトの湯剝き

         久山倫代『星芒体』(2015年)

 

世界の見え方は、人によって全く違う。経験や知識、感性の異なる人の歌を読むと、それがよく分かる。

作者は、トマトを湯剝きするたびに心が痛むという。湯剝きされたトマトの表面が「2度熱傷」そのものだからだというのだ。「熱傷」は平たく言えばやけどであり、皮膚のどれくらい深いところまで損傷されたかを度数で示す。ひどい熱傷を負った場合に受診するのは皮膚科か形成外科だが、この歌の作者は皮膚科医なのだった。

トマトの湯剝きの名歌といえば、「ぷりぷりと赤きトマトを湯剝きせりおまへの心も裸にしたく」(矢部雅之『友達ニ出会フノハ良イ事』)があるけれど、皮膚科医という人種は、日常においてこんな感覚を抱いてしまうのか、と感じ入る。

トマトの皮を剝きつつ、「あ~、真皮までは行っていないけど、角質層よりも深いところまで来ちゃったね、これは」なんて思って「心が痛む」作者である。患者さんの皮膚を診るときに、心が痛まないはずがない。専門領域をもった人の物の見え方を知り、新鮮な気持ちにさせられると同時に、「いいドクターだな!」と嬉しくなる。