松村 由利子


水たまりふたり喪服の老女越ゆ ふふん鼻歌たしかに聴こゆ

笠井朱実『草色気流』(2010年)

 

「喪服の老女」が、思いがけず大きな歩幅で水たまりを跨ぐ。たぶん着物ではない、仕立てのよい洋服であろう。このお二人は、友人だろうか、姉妹だろうか。どちらにしても、近しい人を亡くしたはずなのに、なぜか作者の耳はかすかな「鼻歌」を捉える。

この作者は映像作家に向いているのではないかな、と思う。一首で動きのある場面を切り取るというのは、なかなか難しいものだが、ここには確かなイメージと物語がある。何か歌のヒントになるような実景があったのかもしれないが、こうして一首になった世界は、作者ならではの不思議に乾いたテイストを醸している。

何だか外国語で書かれているような雰囲気で、「越ゆ」と「聴こゆ」の脚韻も効いている。一字あけの効果も大きくて、意外な展開に驚かされる満足感がある。

まるで、単館上映の短篇映画の1シーンのようだなあ、と思う。イタリアかギリシャあたりの乾いた大気を通して「鼻歌」が聞こえる。「あの人もとうとう死んじゃったわね」――字幕の台詞を思い浮かべながら、私はぞくぞくする。シニカルで知的なまなざしに、幾分かの上質なユーモアがこめられた、そのシーンの続きが観たくてならない。

 

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