さいかち 真


よろこびは地の上の影 北極星をめぐりて永遠に星座はうごく

内藤 明『虚空の橋』(2015年)

      ※「北極星」に「ポラリス」、「永遠」に「とは」とルビ。

 五十代のおわりの作品を収めた第五歌集。境涯詠をベースにして、掲出歌のような近代日本語の詩の伝統を踏まえた、様式美の感じられる歌を一連に織り込んでいる。一首は、上句でまずわれわれの生のはかなさを「地の上の影」と言って、大地の暗がりをイメージさせる。それから下句で北極星をめぐる星の光を対照的に意識するのである。

四、五句が「めぐりて/永遠に」と句またがりになっているのだが、これは自然な感じがして違和感がない。これで「北極星」と「永遠に」の二か所に強勢が生じて、下句の調べが揺れ動くのである。何度が呟いてみると、先の「よろこびは」と後の「星座は」が、言わば平声として、「ポラリスを めぐりて とわに」という音の揺れる句を間にはさんで、全体の調べを落ち着かせていることがわかる。

そう言えば韓国の新羅の都があった慶州に、瞻星台(チョムソンデ、星を見る台)という東洋最古の天文台の遺跡があったのをいま思い出した。「天円地方」の形態をした十メートルほどの石造りの塔は、調べてみると写真で見てもなかなか美しい。二十代の頃に友人と夏の慶州を自転車を借りて走ったことがある。暑かったのでかなり体力を消耗して帰りはへとへとだった。あちこちまわった中で古墳や石仏は頭に残っているが、塔を見た覚えはない。でも、何だか行ったことがあるような気がするのは、どうしてだろう。一年間を象徴する数の石を用いて作られた星を観測する塔なんて、ずいぶん素敵なものを新羅の人たちは作ったことだ。民俗学の吉野裕子の本を見ると、斉明天皇の頃の日本には濃厚に道教が入っていて伊勢神宮の「太一」という幟などはその名残だという。いまウィキペディアを見ると、「後漢の鄭玄は『易』の注釈において太一を北辰(北極)の神とするとともに八卦に配当された9つの宮殿(九宮)を順次めぐってゆく「太一九宮の法」を記した。」とある。韓国の石造物と日本の遺構との間に何か関係があるかもしれないと考えると、おもしろい。