百日紅のひかりのはだら地にゆれて忘れてゐたる約束ひとつ

小島熱子『ぽんの不思議の』(2015年)

 もう夏も完全に終わってしまった。秋は、夏の間に「忘れていた約束」を果たさなければならない季節かもしれないと思って、すがれた百日紅の花殻を見上げながら、掲出歌を引く。神奈川県西部にある私の職場では、昨日箱根の噴火警戒レベルが一つ下がったというので、喜びの声が上がっていた。職場には箱根町に住んでいる人もいるのである。夏の大事な行楽シーズンを風評のせいで棒に振って、紅葉の季節には何とか間に合うかもしれない、というような会話も聞えた。地域の経済はみんながどこかでつながっている。

 

庭草の茂りのなかに擬宝珠のむらさきありぬ ぬれぎぬならむ

 

結句がいったい何のことだろうかと思わせる。作者は、擬宝珠〈ぎぼうし〉の花を見ながら、不意とある人の事を思い出し、「あの噂は、たぶん濡れ衣だろう」と思った、というのである。他の雑草にまぎれずに自分の美しさを保って咲く花の姿から、ある人物のことを思い出したのである。

作者は、篤志面接委員を委嘱されて、刑務所のなかの短歌クラブの講師をつとめている。出所する受刑者が相撲甚句を歌ってくれたという歌がある「相撲甚句」は、おもしろい一連だった。

 

刑務所は六回目と書く歌を読む 窓外は(あけ)にそまるゆふぞら

覚醒剤強盗窃盗詐欺罪の男ら椅子にわれを注視す

親や妻子を詠みたる歌のふたつみつ文法メチャクチャなれど さあれど

化粧せずスカートはかず通ひきてはやも十一年過ぎてしまへり

短歌クラブ終へてひぐれの塀のそと暗紅色にいちじく実る

参加者たちは、少しでも外の世界の匂いのする作者の姿を見るのが単純にうれしいだろう。刑務所を出た塀の外で目に入った暗紅色のいちじくの歌は、まるで受刑者たちの人生の絵のようである。短歌が人を更生させる一助となるということに、久しぶりに思いが行ったのだった。