あたたかきパンを齧りて口早にきみが「せんそう」と言う一瞬の闇

       田中槐『退屈な器』(2003年)

 

朝の食卓の光景と解釈した。「パン」が登場するし、その方が「一瞬の闇」との対比が鮮やかだからだ。

「きみ」は、パートナーでも息子でもよいだろう。一日の始まりである朝食のとき、希望そのもののような「あたたかきパン」を齧りながら、「せんそう」という言葉が発せられる。「口早」だったこともあり、作者は「え?」と訊き返したかもしれない。それくらいの瞬間だったのだが、食卓には深い亀裂のような闇が走ったのである。

言葉選びとその並べ方が、実に巧妙な一首だ。朝の光と「一瞬の闇」の対比だけではなく、「口早に」発せられた「せんそう」の軽い感じと、実際の戦争というものの重さとのギャップが、胸を締めつける。

どんな文脈で語られるにせよ、「せんそう」という言葉は、私たちを怯えさせる。「戦争反対」「戦争を起こさせない」といった言葉も、戦争という事態への懸念がなければ決して発せられることはないのだ。