松村 由利子


横にいるわたしはあなたのかなしみの一部となりて川鵜みている

江戸雪『昼の夢の終わり』(2015年)

 

この歌の作者は、「あなた」と並んで「川鵜」を眺めている。動物のいる風景はいいものだ。慌ただしく過ぎる日常を忘れ、無心に生きる動物に何か生の本質を示されるような思いを味わう。

「あなたのかなしみの一部」になるという表現に、胸を打たれる。「かなし」という語には、「悲し・哀し」のほかに「愛し」という意味もある。沖縄方言では今も、「かなさ」は「愛する、いつくしむ」という意味で使われ、「かなし」は「愛おしい人」、「かなさんどー」は「愛している」を指す。

愛というものは、苦楽を共にして深まってゆく。相手と共に悲しんだり、相手を思いやって悲しんだりすること、すなわち愛なのだ。だから、「あなたのかなしみの一部」になるのは、決して相手の負担や重荷になることではない。それは共に生きるうえで、最も喜ばしい行為かもしれない。

初句の「横にいる」は、少しばかりぶっきらぼうに響くが、それはたぶん作者の含羞である。ひったりと寄り添うのでもなく、手をつなぐのでもなく(歌集には「手を繋ぐことなくなりて春さきの下流へむかうふたつぶの臍」という歌も収められている)、ただ傍にいる。それでいい。