入野早代子『欠片』(2010年)
ドリアン・グレイは、アイルランド出身の詩人であり作家の、オスカー・ワイルドの長編小説『ドリアン・グレイの肖像』の主人公の名だ。あまりにも若さと美に執着し過ぎた彼は、自分の肖像画が日に日に老いてゆく一方で、全く年をとらなくなる。社交界の寵児として放蕩を極めるドリアンは、老醜そのものの肖像画におののきつつも生き方を変えない。彼を待っていたのは身の破滅だった。肖像画は、老いたことによる醜さというよりも、彼の不誠実で欲深い生き方、精神の醜さを反映していたのだ。
オスカー・ワイルドは、『幸福な王子』など風刺の利いたファンタジックな作品で知られるが、この歌の作者も辛口の詠みぶりが魅力的な歌人である。そのシビアなまなざしは、他者よりもむしろ自分に向けられることが多い。自らの心の底に、ドリアン・グレイのような「老いし肖像」が潜んでいると明らかにしてしまう正直さに胸を打たれる。
誰にとっても「感情の波」は激しくて、瞬間的に身近な人への憎しみを抱くことも大いにあり得るのではないだろうか。けれども、恐らくこの作者は、そんな自分の感情の昂ぶりが許せないのである。自らを省みるときに「ドリアン・グレイの老いし肖像」を思う心に、私は深い敬意を抱く。