嶋田さくらこ『やさしいぴあの』(2013年)
人との関係性というのは、とても不思議だ。いつも同じ自分であることはなく、その人によって引き出される自分というものがある。適切な触媒を得ると正しい化学反応が起こるように、よき人と接することで好ましい自分が表れるということがある。
この歌で呼びかけられているのは、恋人あるいはパートナーと読んだ。ピアノに限らず、楽器は演奏者の心を映して、澄んだ明るい音も出せば沈んだ音も出す。「わたし」もまた、楽器なのだ。
「ぴあのぴあの」という詠い出しの何と軽やかで楽しいことだろう。朗らかにピアノを弾く作者の姿が見えるようだ。「わたしを鳴らしてほしい」という表現からは、人と人が愛し合うのは、異なる楽器が響きあうようなものなのだと思わされる。
ひらがなが多く韻律も明るくて、一首の印象はやわらかい。けれども、よく読むと、「いつもうれしい音がするようにわたしを」の句跨りには、内部へねじり込むような、かすかな粘りが感じられる。「うれしい音」がしないときがある。乱暴に、おざなりに、鳴らされるときがある――本当のわたしはもっといい音が出せるのに。
巧みに隠された作者の小さなかなしみに、私は限りなく惹かれるのかもしれない。