千種創一『砂丘律』(2015年、青磁社)
この「赤い」に思想や感情のメタファーを求めてもしかたありません。赤と白のあのロゴを冷蔵庫内に思い描くばかりです。ただ飲料名の表記が「コカ・コーラ」ではなくアルファベットであることに、二重の異国性を感じます。
「砂の降る街」(あとがきより)に住む日本人にとってのエルサレム、エルサレムの住民にとってのアメリカ文化、それぞれの立場により「赤い闇」の濃度は異なるかもしれません。
卓袱台に茶色い影が伸びてゆくグラスへとCoca-Cola注げば
また言ってほしい。海見ましょうよって。Coronaの瓶がランプみたいだ
私たちは縦書きの書物の中に欧文がいわば横倒しで記されることに慣れているけれど、文字の疎らな歌集の空間では、その不自然さがふと意識されます。そうした不自然さに耐える力が、異文化との共生には必要なのだとも。
「赤い闇、冷えてます」という一見ラフな商い文句もふくめ、全体に、「君」や「友」や自分の所作だけを語り自意識はあまり語らない歌たち、同性にも異性にもモテそうだなあ、なんとなく。歌集名にも独自の「律」を奏でようという自負がみえます。
この歌集について個人的に、ゼロ年代を代表するSF小説『虐殺器官』(伊藤計劃)と似た読後感をおぼえたのは、現実の暴力を身近に知るほどにどこか淡々としてしまう語り手の態度のためだったでしょうか。