今日もまた捨身の赤に落つる陽を山はしづかに全身に受く

伊藤一彦『土と人と星』(2015年9月)

昨年の現代短歌大賞は伊藤一彦に対して、その最新歌集『土と人と星』(砂子屋書房)、『若山牧水―その親和力を読む』(短歌研究社)と、更に過去の全業績を高く評価して贈られた。

この一首は「捨身の赤」という言葉が強烈な衝撃力を持っている。夕陽は一切のことを振り払ってひたすら落ちるしかない。落ちて山の向こうに沈むしかない。それはまさに「捨身」としか言いようがないであろう。「赤」はその捨身の色なのだという。しかし、その捨身の真っ赤な夕陽を受け止める山はあくまで「しづか」で動かない。

嘱目詠と取っても卓越した技巧の作品なのだが、ここに伊藤の心境を読み取ってもいいであっろう。「捨身の赤に落つる陽」は様々な外部の状況と取れば、それを静かに受け止めている「山」は、宮崎にあってあくまで自分の境地を頑固に守り続けている伊藤自身なのかも知れないと思う。述志の歌とも取れよう。南国の土と人と星の光に育まれた簡潔で潔く、かつ強靭な志なのである。

入りゆけるほど人忘れ我忘る照葉樹林の暗緑の奥に

冴え冴えとあるべかりけり秋思より春愁にいたる間(かん)の冬の詩

夕さりて強き音たて降りきたる雨と宴す雨は天(あめ)なり