あぢさゐもばらも知らない受刑者は妻と三歳のむすめを詠ふ

小島熱子『ぽんの不思議の』(2015年、砂子屋書房)

 

30首連作「相撲甚句」より。ほかに、こんな歌もあります。

 

「かれらは ほめられたことがないのです」刑務官のことばに褒めると決めつ

化粧せずスカートはかず通ひきてはやも十一年過ぎてしまへり

出所する男が礼にと唄ひくれし相撲甚句のこゑのひびきよ

 

読んだとおり、刑務所での短歌指導にまつわる一連で、作者ご本人を存じあげていると「化粧せずスカートはかず」というたたずまいを想像しにくいのですが、ともあれ境遇の異なる人たちと短歌を通して向きあおうとする姿勢が伝わってきます。

掲出歌の受刑者は、紫陽花や薔薇を知らないといいます。しかし彼がうたった妻とおさなごのようすには、それらの花に通じる好ましさがあったのでしょう。花を知らなくても歌はうたえるという素朴な感慨があります。

花を知らないとは、それぞれの花に付随する文化的イメージを知らないということです。花はア・プリオリに美しいのではなく、人生のはじめのころ、親もしくはそれに代わる大人に「きれいでしょう、お花」と話しかけられる経験を愛情として受けとめることにより、美しいものに変わります。

花に関心をもつ機会のなかった人も、作歌の過程で妻と娘のあらたなイメージを発見できたかもしれません。

短歌指導者と受刑者とのあいだにたとえ共通のイメージがなくても、リズムがあります。相撲甚句の七五のリズムが短歌との共通語になるとき、対話の可能性がひらけることを作者はよろこんでいます。