久保茂樹『ゆきがかり』(2009年)
家の外で妻に逢う。あるいは、電車などで偶然みかけたのかもしれない。
ふだんはかなりの近さで「ゐる」妻も、外であるていどの距離をもってながめると別人のようだ。
その違和を「偶像のごとき妻」という。さらにその妻が「ゐたりけり」なのだ。
肩の力のぬけたおかしさと、横目の愛情と、そして言葉にすることへの含羞。
「見覚えのあるコート」「偶像のごとき妻」。
これらはずらし視線だ。
ほんとうは色も形もよく知っているコート。前後左右どこからみてもわかるほど知り尽くした妻の姿。
このずらし視線は、愛だとおもう。
ところでこの妻、とても強くてさわやかな女のイメイジが残るのはなぜだろう。
歌は、言葉は、こわい。書いたひとの思いが滲みだしてしまう。