三井 修


かの批評うけしよりはたと歌成らず心をふかく嚙まれてゐたり

 沢口芙美『やはらに黙(もだ)を』(平成26年、本阿弥書店)

  短歌を作っていると殆どの人が経験することであろう。歌会に自信作を提出する。ところが、思ってもみなかった厳しい批評を受ける。その時から短歌が作れなくなってしまうのだ。もちろん、歌会は誉められに行くところでないことは皆承知している。それでもやはり心のどこかで誉められたいという心理は働いている。批評はその密かな期待を無残に打ち砕く。歌会は通常無記名で行われることが多いので、その場合は作者に対する批評ではなく、純粋に作品に対する批評ではあるのだが。

 大切なことは、誰がどのような批評をしてくれるかということである。自分が一番信頼している人から厳しい批評をされると心底こたえる。その批評の言葉は、的を得ているからこそ、長く心に残る。そのことを作者は”心を深く嚙まれた”と表現した。初句の「かの」という言葉がその批評の適切さ、そして厳しさを想起させる。

 我々は深く嚙まれた心をずっと引き摺らなければならない。そしてその傷が癒えた頃に再び歌に立ち向かうのだ。多くの歌人がそうしてきたのである。嚙まれた傷の癒えない人は歌から離れてゆく。

    やはらかな拒否ともおもひ賀状読む「どうぞご活躍を」君の添書

    敗残の兵士のごとく首垂れて黒きひまわり丘を埋むる

    眩しげにホと息をつく小さき口十余年ぶりに女雛陽をあぶ