三井 修


おもふさま隣の境越えて散る椿のあかき花おびただし

山中律雄『仮象』(平成28年、現代短歌社)

 作者は僧職にあり、名前は「りつお」ではなく「りつゆう」と読む。歌集のタイトルは集中の「飛行機の窓よりみればかがやきて仮象のごとく夜の街はあり」から取られている。「仮象(けしょう)」とは本来は哲学用語であり、ドイツ語のScheinの訳である。実在的対象を反映しているように見えながら、対応すべき客観的実在性のないことを意味する。単なる主観的な形象。仮の形。偽りの姿とも言い換えることもできよう。作者がこの言葉を歌集のタイトルとしたことは興味深い。

 掲出の作品であるが、おびただしい椿の花の赤さが読者に強烈なイメージを喚起させる。初句の「おもふさま」には、作者の願望のようなものが含まれているような気がしてならない。思うようにいかないのが浮世である。我々俗人でさえそうなのであるから、ましてや僧職にある作者は更に様々な規律や規範で縛られているのであろう。時には、易々と境界を越えていく椿の花を羨ましく思うこともあるだろう。作者にその意識はなくとも、深層心理としてあうのではないだろうか。人間の作った規範に関りなく、自然の摂理のままに境界を越えて、その果てに存分に散ってしまう椿の花は、規範に縛られて生きてゆく我々をあざ笑っているようにも思える。その椿の哄笑が赤という強烈な色彩なのではないだろうか。美しくも少しばかり怖い光景でもある。

  覚えあるものもあるいはなきものもこぞりて庭の菜園に萌ゆ

  老いたるは薔薇さへ棘の少なきを話に聞きてうべなふわれは

  点灯の紐探さんと二度三度闇におほきく両腕を掻く