思うことなきときに酌みありて酌む遠き肥前の「六十餘州」

三枝昻之『それぞれの桜』(平成28年、現代短歌社)

 律令時代に定められた七道六十六国に壱岐、対馬を加えて「六十餘(余)州」という言い方を昔はしていた。要は、日本全国津々浦々という意味である。長崎のある蔵元がその「六十餘州」と名付けた日本酒を製造、販売している。日本酒や焼酎の名前の付け方には興味深いものがあるが、これはまた実にスケールの大きなネーミングだと思う。何しろ、”日本全体”という意味なのであるから。しかも、「ロクジュウヨシュウ」もどことなく調べが滑らかである。居酒屋などに置いてあれば、思わず頼んでしまいそうである。

 作者は、何も考えることのないときにこの「六十餘州」を飲む。悩みのないときに飲む酒はうまい。また、悩みがあるときにも飲むという。辛い時は酒を飲むに限る。ひととき、悩みを忘れることができる。どちらにせよ酒は飲むのだが、それが”肥前の「六十餘州」”だというのが面白い。楽しい心はますます楽しくなり、悩みは「六十餘州」、即ち日本全体に拡散して薄まってしまう。上句の対句構造が心地よく、下句の調べもリズミカルである。計算しつくされた文体だと思う。

 酒の歌は昔から多いが、どれも楽しい。酒飲みの自己弁護だろうか。この歌集にも他に何首か楽しい酒の歌があった。

    満月とメールを送り窓に寄りオリオンビール二本をあける

    まずは注ぎ杯を合わせて甲斐が嶺のほんのり温き「粒粒辛苦」

                お茶の水は雨脚の街「獺祭」を酌みて壮行会終わりたり