高野公彦『無縫の海 短歌日記2015』
(2016年、ふらんす堂)
これまでに6点が刊行されている「短歌日記シリーズ」の最新刊より。昨年1年間に毎日1首ずつウェブ上で発表された歌、計365首が、いずれも詞書とともにおさめられています。
掲出歌は2015年5月26日のもの。“1年前の今日”をふりかえることに深い意味はなくても、時間そして日月を意識することは人間がことばを得て世界を分節するようになったとき以来の習慣ですから、なるほど〈人生の起伏〉をたしかめるような気分になります。
句またがりの〈歩みきて〉に起伏をまたぎ越してきた感がかるくあらわれている点もさりながら、そのあとの対語に注目しました。〈電話〉〈短き〉に、それぞれどんな名詞と形容詞を対応させるか。
音読みの〈電話〉のあとには和語を配し、ひびきをやわらげています。表記が心ではなく情であるのは、内より外へ向かうこころ、他人への思いやりを述べているからです。
こころとくれば「優しき」「温かき」などが続きそうなところを〈厚き〉としているのも、他人との適度な距離感を保つ相手の人格をしめしています。
電話の作法を通じて人の性質に思いをめぐらせることは、若いころはなかったなあという、作者自身の述懐の歌でもあるでしょう。
この歌はアフォリズム的ですが、全体としては日記ですからハレよりはケ、日常の飲食の歌なども多く、同じ“越す”内容でも10月4日にはこんな歌が。
乗り越して深夜の街をふらふらと老いたる〈酒の又三郎〉ゆく