あおむけに書けばかすれてゆくペンのちいさなちいさなボールをおもう

蒼井 杏『瀬戸際レモン』

(2016年、書肆侃侃房)

 

七色のボールペンには七本のばねがあるのでしょうね、雨

 

という歌も別の章にあり、ボールペンの中身、しくみに興味をもってしまう作者のようです。なにか書いているうちに、書いている道具や周囲のことへ気が移る。

“移る”ときに歌がつかまるのでしょう。

掲出歌は〈あおむけ〉ですから机の上で書いているのではなく、寝転がっているか自分の視線より上にある壁などに紙を押しつけて書いているか、いずれにせよあらたまった長文を書いているわけではなさそう。さりげなく見えて、短歌では案外お目にかからないシチュエーションです。

ペンはペン先を下に向けて書かないとインクがだんだん出なくなるという現象をうたっているわけですが、第4句以下の書き方から、擬人化はしていないにもかかわらず、小さいなりにふだんボールペンの一部としてせっせと働いているけなげなボール、という印象をもちました。

この歌集にはときおり短文が差しはさまれ、むかし砂場で透きとおった玉を見つけたとき、それがシリカゲルとは知らず“ようせいのたまご”と思って集めた話が出てきます。

球体はいわば、なにかが全方向へみなぎっている形。極小の球体は、どれもが神秘的なミクロコスモスです。

 

やむをえぬ理由をさがしているときのわたしの眼球のうらは忙しい

に、してもひざにだれかの耳をのせ穴をのぞいてみたい夜長だ

 

〈穴〉も円形に近いもの。人体にもいろいろ存在する“丸”に、おかしみがあります。