停電の夜に着せたる赤い服あらたな犬に着せて歩めり

斎藤雅也「赤い服」

『1833日目 東日本大震災から五年を詠む』収載

(2016年、塔短歌会・東北 発行/ブログはこちら

 

一昨日と同じ冊子から引きましたが、前回の佐藤涼子さんの強く言い切る歌とは異なり、ここでの〈停電〉は時代も場所も特定できず、歌としては淡い印象です。掲載誌という背景があってはじめて、5年前の関東以北、くらいまで範囲を絞れるていどです。

でも、その淡さが淡さのまま、長く残る印象があります。

なにより、うまい歌です。〈着せたる→着せて〉の変化がかろやかで、〈赤い・あらたな・歩めり〉のア音の繰り返しもこころよく、散歩がたのしそうです。

そしてふっと、〈あらたな〉の切なさに気づきます。5年前の愛犬は、もういないのですね。

停電の夜に赤い服というのは、偶然なのか、暗いから華やかな色をと考えたのか。もともと非常時のイメージの色ですから、この夜の犬との散歩は、作者には特別な記憶となったでしょう。

前後にこんな歌も。

 

あのころの犬の二匹はすでになく犬の二匹をあらたに飼へり

五年といふ長さを思ふ ちひさなる犬の五年は人の三十年[みそとせ]

 

末尾の短文には「震災直後の写真を見ると、犬の背後には、無傷の橋を往来する車と、穏やかな春の和賀川が写っている。(中略)内陸部はほとんど無傷に近かったのだ」とあり、その「無傷」という語が、傷のありかをしずかに示しています。

この冊子に寄せられた19名の作品から、もう少し。

 

松原に松の葉の死のはろばろとひかりぬ五月雨はわたりきて  浅野大輝

黐[もち]の木にぶら下がりしままの浮きのあり小さき震災遺構となりて  逢坂みずき

石塊の数かぎりなくもしかしてもしやもしやと拾へる眸[ひとみ]  梶原さい子

人々を救ひし青き歩道橋ペンキうすれて錆の増えたり  武山千鶴

震災の遺構に決まりひつそりと荒浜小学校あら草のなか  千葉なおみ

夕間暮れわたしに届き不明者に渡らずにあるマイナンバーは  星野綾香

生き延びてこの川に今年もどる鮭ひとつの円を描きて戻る  三浦こうこ