三井 修


寝入りばな何を騒ぐと服たちをタンスに叱ればケータイ現る

桜川冴子『キットカットの声援』(2013年、角川書店)

 童話めいていてとても楽しい一首である。一日の勤めを終わり、帰宅して、夕食や入浴なども済ませて、パジャマに着替えて、やっとベッドにもぐり込んだのであろう。昼間の疲れからあっという間に眠りに就いたと思ったら、タンスの中から妙な音がして、起こされた。寝入りばなを起こされると誰でも不快なものである。寝ぼけ眼にタンスを開けたら、吊るされている昼間来ていた服のポケットから携帯電話の着信音が鳴っている。よくあることである。「騒ぐ」「叱る」などと言って、服や携帯電話を擬人化、戯画化しているのが、とてもユーモラスで面白い。極めて現代的な一首である。こんな短歌があってもいいと思う。

 ちなみに、現在では我々の日常会話で「携帯電話」と言うことは少なく、大体「ケータイ」で済ませてしまう。短歌の中では出来れば正確に「携帯電話」と表記して欲しいと思うが、音数の制限のある短詩型の中ではそれも難しい。どうしても省略した形で言わざるを得ない事が多いのだが、その場合「ケイタイ」とすると文字通り短縮形という印象がして、「ケータイ」とすると少し別の名詞のような印象を受ける。そして、「ケータイ」はしばしば文脈の中ではは批判的なニュアンスを伴うことがある。引用歌の場合も批判的ということでもないのかも知れないが、対象と少し距離を置いている感じを受ける。

                  乾杯の音をカリンと鳴らすときグラスのなかでワインは踊る

     教へ子の子といふ不思議抱きあげてウォータークーラーの水飲ませたり

     持ち帰る仕事を両手にぶらさげて雑踏に佇つ障害物われ