三井 修


どこまでが路と分らぬ濃霧なり戦場を人生を想ひつつ行く

森山晴美『春信』(平成23年、角川書店)

 濃霧の中の高速道路の運転である。前の車や車線が見えにくいので、低速で慎重に運転せざるを得ない。一歩間違えば、重大な事故に繋がる。場合によっては命を失う。その時に作者は、この状態が戦場や人生に似ていると思ったのだ。

 現代の戦争は電子機器を駆使して遠方より敵の見えない状態で戦争を行うことが多いが、作者が脳裏に浮かべているのは、第二次世界大戦までの、いわば古典的戦争であろう。例えば南の島のジャングルの中で行う戦闘である。敵弾が飛んでくるところで匍匐しながら前進する。わずかな不注意が命を失うことに繋がる。確かに濃霧の高速道路の運転と似ている。

 また、直接命を失うということにならなくても人生もまた同様だなのだ。仕事やその以外の対人関係でも、ちょっとした不注意が思わぬ結果を招くことがある。作者はそれまでの人生でそのような状況を沢山目の当たりにしてきたのであろう。

 作者は1934年生まれとあるから、実際の戦争の思い出もあるのであろう。また、教員として、特に最後は管理職として勤めてきた作者であれば、ちょっとした不注意で人生を誤った例も沢山見てきたと思う。そのような作者であえば、この一首に込められたメッセージに極めて重いものを感じる。

     人形の泣くにあはせて唇(くち)の端のはつかに歪む人形遣ひ

     受話器とる声の沈みてそれまでの独りの時間思はするかな

     ひと桶のトルコ桔梗の紫がさと引き抜かれ花束となる