佐藤 弓生


残像をひきて振り子は狂ひなき軌道のさきのたましひを打つ

紀水章生『風のむすびめ』

(2014年、六花書林)

 

何の振り子か特定できずに書き始めましたが……。3つのパターンを考えました。

 

1 時計の振り子

柱時計、あるいは公共の場(ビルのエントランスなど)に設置された掛け時計の振り子。

家庭用の柱時計であれば振り子の振れ幅は大きくありませんが、目を閉じたとき、その動きが脳裏で拡張される感覚を〈残像〉と呼ぶこともできるでしょう。

〈打つ〉は時報音からの発想ととらえてみます。人の生、人の魂も打たれるかのよう。

 

2 建造物解体のための振り子

現在では、ビルと巨大振り子の取り合わせといえば屋上に設置される制振装置の話になるのでしょうが、ここでは欧米のフィルムなどで見かける解体工事用の鉄球を思い浮かべました。

やはり〈打つ〉からの連想で、漫画的とはいえ、時計よりずっとダイナミックかつ非情、暴力めいた印象になります。

 

3 フーコーの振り子

科学系の博物館などに置かれている、地球が自転していることを示す振り子。ずっと同じ方向に振れていても、地上では振動面が回転してゆくように見えます(宇宙から見れば回転しない)。

振り子のたんたんとした動きを見つめているうち、ふいに神秘に打たれる心地がしたのかもしれません。

 

季節の風を詰め合わせたような抒情的な歌集のなかでは特異な一首に思えるものの、次の歌もまた、事象の運行へのこだわりを感じさせます。世界が〈狂ひなき〉状態であることへのこだわりです。

 

線香は薄明までに燃え尽きて白き時間の螺旋を残す