青空を殺し続けて飛びゆけるジェット機の下に鳥の空あり

岩井謙一『ノアの時代』(2016年、青磁社)

 空は本来、風と鳥の領域であった。それがライト兄弟以来、人間が闖入してきて、ある時期からはおぞましい戦争の空間ともなった。即ち、空は風と鳥と、所々人間も共存する領域となってしまった。しかし、現在は、民間機にしろ軍用機にしろ、高層圏を飛ぶことが多くなっている。風と鳥の空間のずっと上である。ジェット機は鳥を下に見下ろしながら(実際には、肉眼では見えないであろうが)、ほとんど神の領域と言っていいような高層を凄まじいスピードで飛ぶようになってしまったのである。下に見るということは、地位的に下に置くということに他ならない。後からおずおずと入れてもらった空間を人間が傲慢にも支配するようになってしまったのである。それも極めて暴力的に。そのことを作者は「殺し続けて」と痛烈な言葉で表現した。まさに現代の我々人間は美しい青空を殺し続けているのである。はるか下の鳥を見下ろしながら。

 歌集「あとがき」に「私は長らく人類が滅びるとしたら核戦争であろうと思っていた。しかし今は気候変動によってそれは起こると考えるようになった」とある。核戦争で人類が死滅する危機は依然無くなってはいないが、かつての冷戦時代に比べれば少なくなったと言えよう。その代わり、地球温暖化といった気候変動の方が人類存亡の危機をもたらす危険が増えてきている。長い長い時間の中で形成されてきた美しく調和のとれた地球環境が今人間によって破壊されようとしていることを作者は何よりも憂い、怒っている。その気持ちを作者は観念的な言葉ではなく、鮮明なイメージで読者に提示してくれた。結句の「あり」という簡潔な断定が作者の思いの深さを表しているようだ。

      科学などぼろぼろになり青かったみんなの地球ぼろぼろにせり

      放射能たしかに見えず人の目に見えぬものこそ多き世界よ

      ノア見たる海のみの世界こんどこそノアすらおらずはばたけよ鳥