むかふ向きに何して遊ぶ二人子かチョークで描きし扉を閉ざし

河野裕子『あなた』

(2016年、岩波書店)

 

1980年刊の歌集『桜森』の一首ですが、全歌集から千五百首あまりを選んで遺族の手で編みなおされた新刊『あなた』から、河野さんらしいと思う歌を挙げました。

らしい、とは。

というか、らしくない歌というのが河野さんにはあまりない気がします。恋の歌が多い最初の歌集から、家族、老い、死へいたる病と、うたう対象は変化してもうたい方に大きな変化はなく、なにをうたっても河野さんの歌になったというおもむきです。

そんななかでまず、子どもが出てくると、童話作家になりたかったともいう人らしいと感じます。いわさきちひろの描いた童画のような場面です。

そして、子どもたちが自分に背を向けていること、彼らの〈扉〉が自分には開かれていないことをふと歌にするのも、らしいと感じます。

 

空むざとまつ青なれば棒立ちのこのべらばうな寂しさは何 『はやりを』

さびしいよ息子が大人になることも こんな青空の日にきつと出て行く 『体力』

 

青空という明るい空間なのに、だからこそか、さびしさを感知するセンサーが敏感にはたらいています。〈むざと〉という副詞(むざむざと、の意)の音は「無残」にも通じ、明るさのなかで愛する人たちとはぐれてしまうことへの深い恐れをうかがわせます。

だからこそ、絆をうたうことが多かったのでしょう。

一昨日の歌集と同じく濱崎実幸さんによる本文デザインは、白い用紙のノドに赤い綴じ糸がちらりと見える設計で、まさに絆の象徴のようです。