三井 修


流れゆく川のきらめき木の間より見えずも聞ゆその川の音

中村幸一『あふれるひかり』(2016年、北冬舎)

 状況としては、作者は多分春か夏の明るい日差しの中を谷沿いの道を歩いている。木立に遮られて流れは見えないが、その水音は絶え間なく聞こえてくる。作者は川は見えないけれど、自分の見える範囲の状況と水音から判断して、水は日差しにきらめきながら流れているに違いないと想像している。

 読者は「流れゆく川のきらめき木の間より」まで、てっきり作者がその水のきらめきを見ていると思いながら読む。そして「見えずも」まで来て、一転、ああ、それは見えていないのだ、と梯子を外されたような気持になる。そして、結句の「その川の音」まで来て、改めて川の音に意識が戻っていく。かなり凝った作り方であると言えよう。作者は比較言語学が専門の研究者でもあるが、そんなこともこの文体と関係があるのかも知れない。

 これはこれで優れた嘱目詠であるが、この作品の前に「川のごと流れゆきたる時のなか生まれ出ずるを生というらむ」という作品が置かれているので、或いは引用歌の「川」も人生の喩なのかも知れない。そう思って引用歌を詠み直すと、「川」は自分では見えにくい自分自身の人生とも思えてくる。作者は「あとがき」に「本歌集の基本方針にしたいと思ったのは、直感、インスピレーション、感覚、遊ぶことである」と書いているので、やはり単なる嘱目詠とは思えない。それとも「遊ぶこと」に入る歌であろうか。

       「人生は続く」と歌いしスペインの歌手老いてもはやこれを歌わず

       うねる文字おどりてあはれアラビアの文字のちからに心さわぎぬ

       雲間より降りくる光。刃のごとくつらぬかれつつもの思いたる